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zoom RSS 車いすバスケ。

<<   作成日時 : 2008/12/02 13:15   >>

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先日の日曜日、ジムでトレーニングしているとき、時々顔を合わせる人から「よかったら見に来てください」と紙を渡された。

見ると、「車いすバスケとは」といったタイトルで、ルールとかが書いてあった。
その人、県内で身障者のスポーツ指導や紹介などをやっていると前に聞いていたので、「ああ、なるほど」と事情はすぐ飲み込めた。

で、ボクもちょうど切り上げようと思っていたところだったので、帰り際2Fから窓越しに体育館をちょっと覗いてみた。
すると、さっきの指導者氏が車いすに乗ってターンしたりシュートしたり。
しばらく見ていると、こちらに気づき手を振って「来い、来い」のゼスチャー。「ほんの少しの時間なら」と行ってみた。

中に入ると、身障者の人もいればそうでない人も大人も子供もいて、入るなり
「ちょっとやってみませんか?」
と、いきなり指導者氏に車いすを渡された。
「ああ、これテレビで見た、あのパラリンピックの車いすバスケで使ってたのと同じだよな。」
興味半分で乗ってみた。
するとまた、すかさずボールを渡された。
「よかったら、やってみて下さい。」
瞬間「この人、分かってるんだな」と思った。
何が?と言われれば上手く説明できない。でも、なんとなく直感的にそう思った。
で、ボクも「相手が分かっててやらせてるんだから、ボクも相手が分かっててやらせようとしてることをやってみよう」と、分かったような分からんような納得をしながらやってみました。
見本は、頭の中に残っている前述のパラリンピックの試合のシーン。
車いすのコントロールは意外としやすかった。
これならいけそうだと、そのままシュート・・・・・・ あら?入らない。いや届かない。「入りそう」という感じがしない。
まあ考えてみれば、いきなり車いすの低い位置からシングルハンドで入れようなんて思う方がどうかしているが。
ショックでもあり、新鮮な驚きでもあった。
で、横でやっていた人に「どうやって打ったらいいんですか?」と指導を仰いだ。
「ボクは実際脚が動かないんでね。こうやって投げるんです。」とやって見せてくれた。(どんなふうにするかは秘密です 笑)
「おお、なるほど。こうですか?」とマネしてみる。でもやっぱり入らない。いや届かない。(この時点でも、まだシングルハンドの愚かさに気づいていなかった・・・)

そんなこんなで、ほんのひとときだったけど、とても楽しくて新鮮な経験をさせてもらった。
指導者氏に「こういう言い方がいいのかどうか分からないですけど、すごく楽しいですよね」と言うと、
「それでいいんです。間違ってないですよ。楽しいんです。やってみると楽しいでしょ?」。

実際、楽しかった。
たまにどっかのチームが体育館で練習してるのを見て「おれも一緒にやりてえなあ」と思っても、入ってもいけなかったし、きっかけすらなかった。行ったところできっと「どこのおやじ?」という好奇の目で見られるのがいいとこ。でもこの人たちとは、初対面にも関わらず普通に仲間に入れてくれて、一緒にやれた。その久しぶりの感覚が嬉しかった。

それと、シュートを打って届かなかったとき、正確には‘届く気がしなかった’とき、いろんなことを感じた。
普通に動けることの有難さ。普通に動けることを当たり前に思っていることの愚かさ。
変えることの出来ない限られた条件の中で、普通の人以上のことをしようとする努力の大変さ、大切さ。

そして何より、彼らの、いろんな意味で対等であった、対等に接してくれた人間的な大きさに感銘を受けた。

「オレも、もっともっと頑張らなきゃ」と、勇気と力をもらったおやじでした。






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コメント(4件)

内 容 ニックネーム/日時
うっさんへ>大変貴重な体験ですね。やりたくてもなかなかやれる環境がそばになかったら体験出来ないことだと思います。きっと見ている以上にハードで大変なんだと思いますね。素晴らしい体験が出来てアラフォーおやじとしては新たに開眼!ってところでしょうか?

何気なく生活していると普段見えない世界や価値観には気づかない。

ふとしたところで気付くきっかけに巡り合えた事は、偶然ではなく必然だったんでしょうね。
すべてはうっさんの普段の良い行いや姿勢が結び付けてくれた縁だと思いますよ!
ザ☆ショット
URL
2008/12/04 16:54
ザ☆ショットさま

いつもコメント有難うございます。

この記事、自分でも久しぶりに「書きたいなあ」と思って書いた記事です。(上手く書けませんでしたが・・・)

ボク自身にもかつて身内に身障者(全盲)の伯母がいて、子供の頃から接していたので、彼らと接するのに特別違和感はなかったんです。心情的にも、いわゆる健常者に求めているのが、哀れみや同情などではないことも経験上承知していましたし。
でも、最初はそれを理解される以前に「冷やかし半分で来たのか?」と思われるんじゃなかと不安でした。
しかし、そんな不安もすぐ吹き飛ぶくらい、自分たちの仲間と同じように、ごく普通に当たり前のように接してくれたので、それが嬉しかったです。
そして、彼らはボクが思っていたより強かった。(笑
それが、バスケを通して経験できたっていうのが、とても嬉しく、とても不思議でした。
これもきっと、バスケの魅力であり縁なんでしょうね。

子供たちも、同じバスケでもこういう世界を肌で感じる機会があれば、それもまたいい経験になるんじゃないかなと思いました。
うっさん
2008/12/05 02:04
身体障害の方のスポーツする姿って色んなメッセージがありすぎます。普段思う、理不尽は理不尽な立場になって初めて「本当に分かる」とか、不便は不幸じゃないとか、も、ぐっとクリアになるというか。
だからほんと、うっさんが車いすバスケの方々と縁があったこともザ☆ショットさんがおっしゃる通り、あるべくしてあった縁だと思います。
たまにやっちゃう怪我も、強制的な身体不自由さの世界を広げた、と飲み込むことができたら、なんだか強くなれそうです。(前記事の怪我した子の早い回復は願いつつ)
同じ経験しても自分が在している世界・過去で、感じることは大きく違うんですよね。同じ空間なのに別世界みたいな(笑)
ダダママ
URL
2008/12/06 10:34
ダダママさま

いつも書き込みありがとうございます。

ダダママがおっしゃる通り、分かっているはずなのに分かってないことが多いのが、我々なのかも知れません。
それに、今自分が生活して目で見ているこの世界が‘全て’のように思ってしまっている。
その愚かさを、改めて実感させられた気がします。

彼らは確かに不自由な部分もあるんですが、精神的にはピュアで自然な生き方をしていて、その一方でボクは殺伐とした現実社会に埋もれて、そういう本来の人間らしさのような大事なものを見失いかけていたんじゃないかと、ふと思いました。

人生、まだまだ修行ですね。
うっさん
2008/12/06 23:41

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